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いかなごのくぎ煮というのが流行って20年。それ以前にもイカナゴは泳いでいたが人の食べ物ではなかった。今日、「イカナゴとおからのコロッケ」という商品を見つけて、はて?そんなものを食べるのか?と不思議に思ったが、イカナゴにはジャガイモや南京といったいささかでも美味しいと感じるものよりオカラが合いそうで納得した。もちろん買わなかったが。
スーパーでイカナゴの入荷を待つ人の列ができていた。横で郵便局員が茶封筒に簡易弁当箱を詰めたものを持って、全国一律500円で送れます、とアルバイトのおばさんらしき人と一緒に宣伝している。この地方あげて、役人も総出でイカナゴを全国にさばく。これがもうちょっと美味しいものなら感謝されるのだが、正直なところ、やっと食べなれてお茶漬けにいいなと思えるようになったところだ。 なぜ、田畑の肥料にしか使わなかったものを人が食べるようになったのかと考えた。あのころ消えたのが鯨だ。鯨を美味しいとは思っていなかったが、イカナゴよりはやや美味しかったように思う。イカナゴだってブロイラーよりは美味しいと思う。毎年春になるとイカナゴの天ぷらと酢の物とくぎ煮を一度ずつは食べたくなる。フライドチキンを年に一度食べるかどうかといった判断と比較すると、どっちもどっちだ。もし鯨が一緒に並んでいたら、鯨だな。 日本人は鯨を皮も骨も身も油もひげも歯も全部使っていた。稲作の害虫駆除に江戸末期には鯨油を流したとある。はぐさを一本残しておいてそれが枯れると害虫が発生したしるしで、放置すると次は稲が枯れる。そのタイミングをのがさず鯨油を流すのだそうだ。 鯨油といえばヨーロッパで産業革命時の機械の潤滑油に鯨油を用いていた。彼らは油だけ採って全部捨てた。やがて石油で潤滑油やセルロイド類をまかなえるようになると捕鯨禁止などとのたまう。自然保護だの動物愛護だの、それは石油に利権を持つ人たちの理由付けに過ぎないのではないか。 魚類が捕獲から生産に変わってきたこのごろ、捕鯨も鯨牧場に変わるのは当然の道筋に思える。牛のような高等動物を飼育し食糧にするのだから鯨も問題はないと思う。鯨を食べるようになったら日本の食糧自給率は多少は変わるだろう。なぜ日本は鯨を飼育し食べないのだろうか。 南氷洋の鯨が増えすぎているという。捕鯨をすると日本が上手だから外国は捕鯨再開を拒否すると聞いたが果たして日本の捕鯨技術は昔ほど高いだろうか。ちゃんと箸も持てない西洋人並みの不器用な日本人が多くなってきた現代、やってみたら他の国の方が上手かもしれない。ただ、食べるのは日本人だろうと思う。ということは、彼らに捕らせて日本が買えば世界の産業の育成となる。 もうひとつ、石油にとられているのが麻だ。化学繊維より自然繊維が喜ばれるので麻の栽培は再開すべきだろう。これが禁止されたのも日本が戦争に負けたからではなかったか。石油利権を振りかざしたい国と財閥がナイロン系統の敵である麻を追放しようと図った。 マリファナは大麻と書くから麻薬だという。さて、日本は木綿以前から麻を栽培し布に紙に紐に使ってきたがそれで麻薬中毒犯罪があったとはきいていない。酒なら酒乱やアルコール中毒で体を壊したり犯罪を犯したりすることが知られているが。日本で酒は消毒剤として不可欠で神様にも供えるほどだから禁止はできないが、麻などどう見ても禁止するに当たらない。車の運転には禁止程度でよいのではなかろうか。断酒会というのがあるが、常習中毒を起こさない大麻にはそういった苦労も伴わない。ヨーロッパではすでにマリファナを麻薬の分類からはずしたと聞く。 日本の国土に石油製品のゴミがあふれて国土の生産力が落ちているようだが、鯨と麻を復活することで石油製品は減少する。国民は国に、国は世界に、鯨を食べたい、麻の紙や布や紐を使いたいと熱心に言うべきではなかろうか。 # by cochicuh | 2005-03-18 22:48
ビーポーレン(花粉)スプーン1杯毎日。
![]() ![]() アレルゲンを体内に入れるとアレルギーの発症が抑えられるというから、ニュージーランド産ではあるが、花粉を食べている。 花粉対策用品売り場がにぎわっているそうで、花粉症予測は経済効果抜群だったようだ。 だが 対策はさっぱり。 検討会は、花粉の発生や動きをつかむ自動計測器の設置を全国で進め、大量の花粉がいつどこに飛んでくるかという情報を国民にいち早く知らせ、できる限り花粉症の発症をおさえる取り組みを強化していくことを決めました。さらに検討会は、長期的な対策として▽花粉症を治療するワクチンの研究▽花粉の量が少ないスギの植林▽それに花粉症の症状を抑える効果が期待されるコメなどの食品の開発を進めていくことを確認しました。 大量の花粉がいつどこに飛んでくるかという情報が提供できるなら、そこの木を切ればよいだけのことではなかろうか。 なぜしないのだろう。 花粉症を治療するワクチンの研究▽花粉の量が少ないスギの植林▽それに花粉症の症状を抑える効果が期待されるコメなどの食品の開発はお金になるが、木の伐採はお金にならないのだろう。お役人の。 しかし、よく考えてほしい。 ・失業者がまだ多いのだから失業対策によさそう。 ・木を伐れば今なら中国が買ってくれそう。 ・景気回復期に当たっているので材木の国内需要も伸びそう。 ・外国からパルプの輸入などをしなくなるので、運送の燃料や外国の山の伐採など環境にやさしい。 ・木材を使った製品開発が進み産業が興る。 ・ごみは燃料になる。 ・伐りすぎて枯れ山になったら新種の植林もできる。 どれをとっても良いことずくめじゃないかと思う。回りまわってお役人の懐も暖かくなりそうに思える。 例年の5倍の花粉を予測しているなら、今生きている木の半分から4分の1程度に伐採すると残った木は活き活きするだろう。そして、200年は生きてほしい。 古代、日本の大建築は200年物の杉の木で建てられた。高さ50メートルほどにできたようだ。今ならエレベーターもあるのでちょっとしたホテルやデパートやマンションが木造でできる。 木を伐るというと、環境問題をとやかくいう人もあるだろうが、木を生かすには剪定や伐採は欠かせない手入れであり、放置しても自然と倒れたり山火事になったりするのだから、植林した以上はきちんと手入れするのが望ましい。 あれを植えたときには30年すれば床柱に売れると思ったのが、床の間のない家が流行し、外国から輸入したほうが人件費の関係で安くあがるので国産材は売れなかった。今なら四角く製材して使える太さだ。ちょうど柱や壁・天井・床材によいし、合成接着剤などの危険性も知れ渡って自然素材は人気が高い。 冬は害虫が少ないので山仕事に適している。すぐに伐り始めて、雪解けにしたがって寒い地方も伐採を始めると良いのではなかろうか。今、すぐに木を伐ってほしい。
厚生労働省は今年の花粉飛散量が多いのを見越して花粉症予防を呼びかけている。
花粉飛散量が多くて症状の出る人が多ければ医者が儲かる。風が吹けば桶屋が儲かる。(おわかりにならない方のために説明します)-------------風が吹く----------目が痛む----------失明する------------------三味線を弾く----------------猫の皮がいる-----------------猫が減る--------------ねずみが増える--------------桶がねずみにかじられる---------------------桶屋が儲かる さて、本論に入ります。 医者や桶屋が儲かるのはかまわないが、その支払いをするほうの立場はつらいものがある。ぜひ、花粉症対策を厚生労働省以外もやってほしい。厚生労働省は症状をなんとかしようというもので、現象に対する対策。国民(=要するに私)が求めているのは予防(医学?)。 花粉症の予防には体力をつけておくことが大事と、とあるメルマガに書いたが、それよりも根本的な対応策を期待している。 それは、山林管理だ。春には黄砂が降り、花粉が舞うのは大昔からで、仕方のないことではあるが、近年急速に花粉症が増えているのは、植林した山が成熟期になって杉などが実をつけるため。なぜ実をつけるのかというと、もうすぐ自分の命が終わるので子孫を残しておきたいからだ。 杉の命は千年杉があるぐらいだから相当長い。なのに植林して数十年の杉が命の終わりを予感しているのは、もう伸びる余地がないから周囲と争ってどちらかが倒れるしかないことを知っているため。あるいは枝が擦れ合って山火事になって自分が消え去る可能性を感じているため。実にしておけばいつか再生するということで、多数の実をつけようと花粉を撒き散らすのだ。 植林した人はもう高齢者が多いだろうが、ぜひ山を観察して適度に間引いて杉を大事に育ててほしい。そうしないと国民は花粉症になやみ、いずれ山火事におびえることもあるかもしれない。厚生労働省ではそんな支援はできないだろうから、関係省庁は協力して花粉症予防に取り組んでほしい。 実は、これと同様のことを2~3年前にも訴えて、ちょっとましになったのだが、今年はまた花粉が多いという予測ばかり聞いて、林業の推進状況は聞かない。
2004.12.26 スマトラ沖に地震があってインド洋岸大津波で多数の死者行方不明者がでた。
まだ犠牲者の全体数はわからない、数十万人になるかも。 人間だけでもそんなだから多くの動植物がどろに埋まった。 そして日本に12.30.雪が降った。 12月に大阪で雪を観測するなんて久しぶり。 2004.10.23 新潟県で大地震があったし、 それまでに台風がたくさん上陸して深刻な被害のあったところもある。 申年は飢饉年だときいたことがあるが、なんてひどい年だったのだろう。 地球温暖化対策は天がしてくれるのか。 地球温暖化対策は人間がすべきことだ。 災害に強い人間でありたい。 地球の水位はあまり上げないほうがよい。 地球が熱くなり過ぎないように知恵と努力をつくそう。
ごみの処理といえば、人畜の糞尿の処理がある。昭和30年代まで、つまり下水道工事が始まるまで糞尿は肥料だった。人は親や先祖の死体と糞尿を養分として草木を育て、それを食して子孫に死体と糞尿を残した。
ある日、トイレの浄化槽を使用できないように工事され、我が家の肥料は町中を流れて海に捨てられることになった。畑にはしかたなく化成肥料を買い、そしてできた野菜は甘みがなくて辛くてまずかった。鶏糞は高いし、植物を積み上げて作る堆肥では人糞ほどの味にはならない。 聞くところによると食品の栄養価は昔よりずっと下がっているそうだ。そうだろう、昔は、「玄米と味噌と少しの野菜をたべ」ても元気だった。今は一日30品目食べて不足する分をサプリメントで補っている。昔の菜食主義は、その「菜」の原料が動物質だった。今の食品は植物質がほとんど+石油だ。 さて、この高い栄養価(エネルギー)のある糞尿を海に流すと、海で青物が取れる。したがって今の食品でもっともおいしいのは海草であろうと思う。次が魚介類。ところが魚介類は汚水の分解に多くの酸素をとられてしまって日本近海には多くは住めない。 糞尿の分解で発生する熱で畑は暖かかったが、今は冷たい。その熱は日本近海の海水温をあげている。魚を追い出し、畑仕事の魅力を削いだのは「下水道」だ。汲み取り式が残っている地域はそれを大事にして、農業肥料に活用してほしい。それが国産食糧の増産のポイントだ。 食糧自給率40%、エネルギー自給率5%の国家は国家として危険な状態、はっきりいって植民地だ。アメリカの食品を輸入するために下水道は整備されたのだろうか。ちょうどそのころ捕鯨も禁止された。アメリカの牛肉なんて、捕鯨再開まで輸入禁止にすればいいと思う。そんな駆け引きは非科学的といわれるかもしれないが、捕鯨を禁止するほうがずっと非科学的ではなかろか。 地球温暖化は日本から解決しよう。国産食糧増産、捕鯨再開、麻の栽培再開。石油と天然ガスとウラン燃料の輸入を減らそう。
年間降水量というのはほとんど変わらないそうだ。なるほど、空梅雨だった夏を埋め合わせるように秋は台風が次から次へとやってくる。
今年のように台風が日本列島を縦断することが多いと、あちこちで動植物の生き埋めが生じる。有機物を化石化するような保存形態となり、地球を冷却するのに役立っているかもしれない。 とすると、地球は適当な温度で生き延びようと自然災害を起こしているのだろうかとも思う。温暖化の原因は人間が作り、その後始末に異常気象が生じると考えるのはオカルト的発想かもしれないが。 ヨーロッパ大陸では気温があがり、日本近海は海水温が上がっているという。もしかして原子力発電の冷却方法が、ヨーロッパでは空冷、日本では水冷だからだろうか。何も原子力発電だけではない、いずれにしても、廃棄物処理に問題がありそうだ。地球の一部分で高温を発生させると相応の動きは生じる。ヨーロッパ上空の熱は偏西風で流れ、日本近海で温めた海水は海流に乗って移動するが、それに沿って変化が生じるはず。地球の大気や海流に変化を加えているのは文明国なのだ。 美しい山林や田畑を自然災害から保護するにはエネルギーの作り方、使い方に配慮しないといけないかもしれない。集中より分散が好ましくはないか。また、地球温暖化は2酸化炭素の分量だけでは測れないとおもうのだが、CO2削減とばかり叫ぶのは視点が低くはないか。
どうしても石油製品でなければならないものもあるだろう。その分はやはり有機物を化石化するような保存形態をとらないと地球は温暖化する。
山間部の埋め立てがよいのではないだろうか。谷の中腹までゴミを入れてその上に山土を削って乗せる。そこは耕地や林やスポーツ公園などに使って、削った山の部分は地盤がしっかりしているので工場や住宅を建てる。 幸い山奥の高速道路はこれに適した山間部を通っていることが多い。公共工事をすることで生き延びていた経済は地球温暖化対策工事で再び生きることができる。大型工事がすべて悪いのではない。目的がよくわからない工事が国民の批判にさらされるのだ。 台風のたびに水没する町や、地震があると傾く地盤は山に移転しませんかといえば、長期に子孫が安全に暮らせることを願って山に引っ越したいと思う人もあるのではなかろうか。 ゴミの最終投棄場として谷を使ったときに気をつけることは、置き土のところに目印をつけて建築物を建てさせないことと、周囲の谷川の水質検査を怠らないことぐらいのものだろう。今まで使っていた海岸や河岸は耕地や林にすると、日本近海の水質はよくなって、日本の食糧自給率は上がる。 農林業は畜産はじめ、紙や布や建材など多くの産業の基礎だったし、今後もそれは変わらない。外国の山を裸にしなくても、今日本の山は木や竹が繁茂している。花粉症が生じたほどだ。今、空き地に花を一面に植えるのが流行っているようだが、観光資源以上に増やして、観光客を呼ばないところでは養蜂や採油などに活用して欲しい。養蚕も再開して欲しい。資源のない国日本は太陽と水に恵まれた国だから、必ず失業者はなくなり、余剰生産で国や地方の借金も減らせると思う。 国産品は幸い日本国民が喜んで使う。輸入が減れば輸出も減るかもしれないが、それでもよいから、農薬だらけの食糧を国民に食べさせることはやめて欲しい。輸出入に要する燃料や交通設備だけでもエネルギーの節約になる。その分空港や港が空いて外国からの観光客誘致に有利になる。美しくなった日本を見てもらおう。温暖化防止は国の繁栄につながる。
家の前を流れる小さな流れで水車を回し菜種の油を絞ったり精米したりしていたというのに、今はそんな水車を見かけなくなった。発電は大型の発電所でなければできないのだろうか。例えば下水道のトンネルの中で小さなダムを作って水車を回すとか、屋根からの雨樋を天水樽に導く途中にミニ水車を設置するとか、そこで作った電力は集めれば多きな仕事だってできるだろう。
風力発電も巨大なものでなく、家庭の屋根や塀につけられるような小型のものでも発電できないだろうか。水車や風車の音はそんなに不快な音だろうか。そういえば鶏も犬も鳴かなくなったと思う。夜汽車も少なくなった。反面カラオケやTVの音はよく耳にするようになったし、車や航空機の音もする。 太陽光でも発電できるそうだから、現代は小型発電のチャンスが増えていると思うのに、遠方から石油を運んできて燃やすのはもったいないのではなかろうか。そこに生じる無駄を省けばその分は温暖化を抑えることができるはず。石油製品が氾濫することが廃棄物処理にも難問をもたらしているという。石油製品のよさを知ったのだから、今度はそのよさを動植物で真似できるとよくなると思う。 荷造り紐は麻でもよかった。大麻取締法はビニール紐を売るための法律なのだろうか。日本に古代から生産されて愛された麻が戦後突然禁止された理由は本当のところなんだったのか?マリファナは酒やタバコのように中毒にもならないので害がないと近年ヨーロッパでは認められている。 巨大プロジェクトにしか予算を配分しないのは政治家や銀行の都合だろうか。その都合という無駄を省けば案外景気回復にはずみがつくかも知れないと感じるのは素人考えだろうか。
海洋投棄は下水も生活用水も工業排水もひろく行われているようで、公害のない原子力発電というのも実は冷却水として海水を使っているとのことで熱エネルギーを捨てている。日本の海はゴミ捨て場だ。
水は資源だ。栄養価のある水を河川や海に流すとそこでその栄養を糧としてミズゴケなどが発生し、それがやがて腐って発酵し、要するにその過程でアンモニアやメタンガスや炭酸ガスが発生する。 昔はこれらが家庭で役立つ方向に利用されていた。家庭の水は台所から泉水に引かれて、そこで流れてくる米粒などを食べて鯉が生きていたりした。風呂の残り湯は洗濯に使われた後、打ち水や庭の草木に与えられた。栄養価のありそうな米のとぎ汁や食べ残しの汁などは草木に与えられたし、草木が喜びそうにない塩分の濃い水などは草木が生えて欲しくないところに打ち水された。 今なら下水管であつまった水を散水車でまけば、都会は少し涼しくなるし、冬は道路の雪を溶かすことができるかもしれない。 工場廃水だって、植物が枯れない濃度まで薄めて山に捨てると、海に捨てるよりずっとよい。工場は材料や製品の運搬の都合もあるのかもしれないが、海岸に作ることはなるべく避けて欲しい。そうすると住宅街も山にできる。 山の木を切ることが環境に悪いという説があるが、川や海を汚すことは地球温暖化を促進することになる。海岸に林を作ろう。そして人は山に住もう。水は土に捨てよう。下水はタンクにためて水不足になったとき高い山に運んで捨てよう。土でろ過されたきれいな水がきっと人間や動植物を養ってくれる。 TVドラマで川に向かって連れションする場面を見たことがあるが、あれはいけない。川が汚れる。草木に掛ければ喜ぶのに。地球温暖化対策にこうした自然教育を加えてほしい。
ここまで述べたように燃えるゴミは燃料として使用できるのだから火力発電所で燃やすのが原則で、他にキャンプファイヤーなど一部の娯楽以外には認めないことにすればどんなものだろう。
焼畑、野焼き農法は認めるべきだと思う。あれは合理的な農法だ。 焼き場には発電装置をつけるべきだろう。 近頃動物の流行病で大量の動物を処分したようだが、燃やさずに深く埋めるべきだろう。埋めたところから病気が広がる恐れがあれば発電所で燃やそう。が、地中深くに埋めた死体から病気が流出することはあまり聞かない。また深ければ酸化せずに化石化する可能性が高くなる。浅く埋めると無駄に燃やしたと同じことになる。 堆肥は熱を発しながら発酵してメタンガスを発生し、やがて燃え尽きて肥料状態になる。この間発する熱の総量は燃やしたのと同じになる。そこで、堆肥工場はメタンガスの商品化と発生熱で温室を暖めるなど何らかのエネルギー使用を考慮する必要がある。熱を無駄遣いするぐらいなら深く埋めて発酵させない保存を考えよう。 最終処分として海洋投棄というのが用いられているようだが、海に捨てられた有機物質(Cを含む物)は波に揺られ日光に照らされ微生物が集まって見事にCO2になる。海水面の上昇はこうした燃焼作用によって海水温が上昇するために起こっている。他にも何か理由があるかもしれないが、少なくとも日本近海の魚が引っ越して行ったのは事実だ。廃てられた有機物質を酸化するために水中の酸素がたくさん使われて魚が呼吸困難になったのだ。 ゴミ捨て場が少ないのでそのために焼却したり海に捨てたりしているようだが、石油やウラン燃料を輸入するのをやめたら案外簡単に解決するような気がする。燃えのこった灰を海に捨ててはいけない。肥料にするとかセメント材料に使うとか、とにかく海を汚さない方法で処分すべきだ。
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